大判例

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仙台高等裁判所 昭和39年(行コ)10号 判決 1966年2月24日

控訴人

片平六彌

被控訴人

宮城県教育委員会

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和三五年一一月一日控訴人に対してなした懲戒免職処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は次に述べるほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。

一、控訴人において、

(1)  控訴人は、被控訴人より伊具郡丸森町立耕野小学校講師を免じ、名取市立下増田小学校講師を命ずる旨の発令を受けるや、直ちに電話で被控訴人に対し転任命令辞退の意見および理由を具申すると共に郵送してきた辞令書を赴任期間内である一〇月三日に任命権者である被控訴人に返送した。その後被控訴人よりなんらの指示または通知もなかつたのであるから、右転任処分は職員の任用についての暫定措置(昭和二七年一二月一三日人事委員会規則四、最終改正昭和三二年一〇月一〇日)第四一条、同条の二、第四二条等によつて撤回されたものと解する。従つて控訴人は名取市教育委員会や下増田小学校長の赴任催告若しくは職務命令に服すべき義務はない。

(2)  かりに右転任処分の撤回がなかつたとしても、控訴人は被控訴人において右転任処分を強行したので、宮城県教職員組合を通じ、または自ら丸森町教育委員会に出頭して、同委員会が被控訴人に提出した控訴人に関する転任意見書の撤回を申し入れたところ、同委員会より「協議のうえ文書をもつて回答するから待つて貰いたい」旨の回答があつたので、控訴人としては右回答の得られるまで赴任の猶予を求むべく、服務監督者である名取市教育委員会には同月六日文書をもつて、同月七日と同月一一日は口頭で、また上司たる下増田小学校長には前示七日と一一日に口頭にてそれぞれの旨申し出ているのである。

(3)  要するに、本件は控訴人に懲戒免職に値いする職務上の義務違反ないし職務懈怠がないのにかかわらず、控訴人がかつて数回にわたり被控訴人らからの退職勧奨に応じなかつたり、控訴人と被控訴人間の解職処分不存在確認訴訟で被控訴人が敗訴したことの報復手段として控訴人を退職させる意図のもとにねつ造したものであつて、その処分は違法であるというべきであると述べた。

二、被控訴代理人において、原判決摘示の控訴人主張中三の(1)に有給休暇の請求は承認されたものであるとの点に対する答弁は否認する趣旨であると述べた。

三、証拠として、控訴人は甲第一二号証の一、二、第一三号証、第一四号証の一ないし四、第一五号証の一、二、第一六号証の一ないし三、第一七号証の一ないし、一一、第一八号証の一ないし三、第一九号証を提出し、当審証人堀川勝太郎、橋本亮の各証言を援用し、乙第九号証の成立を認めると述べ、被控訴代理人は、乙第九号証を提出し、当審証人星光の証言を援用し、右甲各号証中、第一六号証の一、二、第一八号証の一ないし三、第一九号証の一ないし三、第一九号証の成立を認め、第一八号証の三の成立は郵便官署作成部分のみを認め、その余は不知、その余の甲各号証の成立は知らないと述べた。

理由

当裁判所は原裁判所と同じ理由で、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。よつて次の点を付加するほか原判決の理由記載をここに引用する。控訴人が当審においてあらたに提出した甲各号証および当審証人橋本亮、堀川勝太郎の各証言をもつても右認定を覆することができない。

一、控訴人は被控訴人の控訴人に対する耕野小学校講師を免じ、下増田小学校講師を命ずる旨の転任処分は撤回されたと主張するが、成立に争のない甲第一〇号証の一ないし三や、当審証人星光および原審における控訴人本人尋問の結果によると、丸森町教育委員会において昭和三五年一〇月一日控訴人に対し右の転任辞令を交付しようとしたところ、控訴人は不当な転任処分であることを理由として受領を拒絶したため、やむなく翌二日これを控訴人に郵送したところ、控訴人は同月三日被控訴人宛に返送したことが認められる。しかし右辞令が一旦郵便により控訴人に送達された以上転任処分はその効力を生じたものというべく、たとい控訴人がその後右辞令を返送したとしても、転任処分が撤回されたことにはならないものと解するのが相当である。控訴人がこの点に関し、引用せる前示法令の条文は任用候補者として提示されている者が任用を辞退する場合の規定であつて、本件における控訴人の立場はこれと異り、既に地方公務員として特別権力関係に服しているのであるから、その適用のないことは明らかである。従つて控訴人の右主張は採用することはできない。

二、右転任処分に基づき名取市教育委員会規則第一六号、名取市立学校の管理に関する規則第二三条の規定に従い原則として辞令交付の日から七日以内に下増田小学校に着任しなければならないのであつて、もしやむを得ない事情により右期間内に赴任できない場合は校長の承認を要すべきであることは成立に争のない乙第五号証および原審証人堀川勝太郎の証言に照して明白である。しかるに控訴人は右転任の発令をもつて、控訴人の宮城県を相手方とする不当処分についての損害賠償請求訴訟に対する訴訟継続を困難ならしめると共に、控訴人の生活上不利益を蒙らしめる不当な処分であるとしてその取り消しを求むべく、昭和三五年一〇月四、五日ごろ宮城県教職員組合を通じて、またそのころ自ら丸森町教育委員会に出頭して前記転任意見書の撤回等について交渉したり、同月六日名取市教育委員会には文書をもつて、同月七日および一一日には下増田小学校を訪ね、校長堀川勝太郎に対し、それぞれ前記交渉の経過を伝えて、本件不当転任処分の撤回問題が解決しない段階では赴任できない旨申し入れたが、同校長より「赴任の猶予は承認できないから即刻赴任するよう」要請されたにかかわらず、なんら赴任につき支障がないのに、控訴人は右期間内は勿論その後においても不当人事を主張して赴任しなかつたことは勿論、敢えて赴任を拒否する態度を屡々表明したことは、成立に争のない甲第一一号証の一ないし三、当審証人星光、橋本亮、原審及び当審証人堀川勝太郎の各証言および弁論の全趣旨によつて認められる。してみると、控訴人が名取市教育委員会または下増田小学校に対し赴任猶予の申出をしたとしても、その承認を得た事実の認められない限り、控訴人が赴任しなかつたことにつき正当な事由があつたことにはならないといわなければならない。控訴人の前示(2)の主張も採用の限りではない。

三、控訴人は更に控訴人には懲戒免職に値いする職務懈怠や職務上の義務違反はないのに、本件は被控訴人の退職勧奨に応じなかつたことや、解職処分不存在確認訴訟で被控訴人が敗訴したことに対する報復手段としてなされた不当な処分であると主張する。しかし、これを認めるに足りる証拠がないばかりでなく、行政庁の公務員に対する懲戒処分は所属公務員の勤務についての秩序を保持し綱紀を粛正して公務員としての義務を全からしめるため、職務上の義務違反や非行に対して科する特別権力関係に基づく行政監督権の作用であつて懲戒権者が懲戒の処分を発動するか、どうか、懲戒処分のうちのいずれを選択するか等については、社会観念上著しく妥当を欠く場合を除き懲戒権者の裁量に委ねられているものと解する(最高裁判所第二小法廷昭和三二年五月一〇日判決)ところ、控訴人の原判決認定の事実や本件弁論の全趣旨によつて認められる「控訴人は昭和二六年一月頃から丸森町耕野に居住し一人の子は白石高等学校に他の二人は梁川高等学校に通学させていた関係上、転任地たる名取市下増田小学校に通勤したりその附近に移転することは困難であつたし、僻地手当も受けられなくなるので、本件転任により私生活の面で多少の不都合を生じ不利益に帰することは窺われないではないが、これをもつて法律上の不利益処分ということはできないし、公務員は自宅から通勤することを保障されて任命されるものではなく、現時の社会生活において、特に教職に従事する公務員は原則として自宅から通勤できない任地に勤務を命ぜられることはむしろ当然とされている現状であること、控訴人は昭和二九年三月二〇日当時の勤務先たる耕野村教育委員会より五五歳を超えたことに因る退職勧奨を受けこれを承諾して退職願を提出したのに、同委員会が解職を決定するや退職願を撤回するのに挙に出でたこと、その後所轄公平委員会に審査を請求したり、仙台地方裁判所に解職処分取消の請求訴訟を提起し、結局前示解職処分を取消す旨の判決が昭和三四年六月二六日確定したこと(この点は当裁判所に顕著である。なお最高裁判所判例集第一三巻第六号八四六頁参照)、右訴訟係属中における数年間は控訴人において現実に教職に従うことはなかつたが前示判決の結果同年一二月頃一括して俸給を受けたものなるところ、これが受領の際も退職を勧奨されて応じなかつたことと、「本件免職当時における控訴人は既に六三歳に達していたし、耕野小学校には前後一〇年近く在籍したことになること」、右訴訟終結後においても控訴人は前示解職処分の違法を主張して前述仙台地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起し、現に自ら訴訟遂行に当つていること、転任校たる下増田小学校は仙台市に接する名取市にあつて、交通、文化その他において前任地の耕野小学校に比し格段の相違があるのであるから、客観的にはむしろ営転というべきであるのに敢えて赴任拒否の態度を表明していること等を考え合せるときは本件懲戒免職処分をもつて控訴人を退職させるべくねつ造した理由に基づくとか、懲戒権者として裁量権の範囲を超えた違法があるということはできないのである。」前示(3)の主張もまた理由がないものとして排斥を免れない。

よつて、控訴人の本件控訴は理由がないものとして棄却すべく、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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